2007年バルトロ氷河/ゴンドコロ・ラに日本山岳会関西支部、山陰支部、クラブ雲峰、六摩会の合同隊で、ご一緒した日本山岳会山陰支部の長田先生から素晴らしい卓上カレンダーが送られてきました。
長田先生は登山家であり著名な山岳写真家でもあるのです、個展も開かれ、写真集も出版されています。
以前、頂いた写真集も私の大切な宝物です、「山遊山学」と一筆添えてあります、大山の四季が登山家としての目線を通して厳しくそして美しく撮られています。
これは山岳風景写真であるとともに、先生がこよなく愛する大山の記録でもあるのです、何度も頁を捲り眺めています。
元谷から見上げる雪煙巻く冬の北壁、そして大屏風、登山を始めて間もない十代の頃、無謀にも挑み雪崩に脅かされ苦汁を飲んだ、雪の怖さを初めて味わった、そんな思い出がこの一冊から蘇ってくるのです。
巨大な岩峰、トランゴタワー、1600mを越える登攀ルートが登られています。
K1とはマッシャーブルムの別名です、カシミール方向から眺めてカラコルムで一番高いとされてK1と呼ばれたのです、本当に高いのは世界第2の高峰K2ですよね、Kとはカラコルム。
ブロードピークは兵庫県山岳連盟隊も登頂しています、そして私の大好きな怪峰ムスタグタワーです。
鋭い三角錐のG4(ガッシャーブルム4峰)バルトロカンリは東京大学隊が初登頂していましす。
アッパーバルトロ(バルトロ氷河最奥部)に聳える花嫁の座チョゴリザです、京都大学学士山岳会が初登頂しています、そして超人ヘルマンブールが命を落とした山でもあるのです、京大隊がテントと遺品を見つけています、我々は写っている右に伸びる氷河に入りました。
写真を眺めて、あの奥には、まだやり残した宿題がある、必ず、もう一度行こう、絶対に行ってやる!との思いがあるんです。
カレンダーですから今年一年で役目を終えます、もし使って汚れたら困るので大切に仕舞っています、勿体なくて使いません、カレンダーであってカレンダーでは無いのです。
あの日、あの地点で、先生と同じようにシャッターを切ったのに・・・・
「何故に、故に、こうも写真が違うんですかね?」
年末年始を自宅で家族とノンビリと過す、こんな普通の暮らしを結婚後も子供が出来てからもした事がなかったです。
毎年のように正月を厳冬のアルプスで迎えていました。
「我が家のお正月は母子家庭ですね」
と女房は言っていた。
「お父さんと正月を過した記憶が無い」
と子供達は言っていた。
父親の介護もあり、山から遠ざかった、その生活も終え、子供達も独立した、仕事上でも時間は自由に取れる状況にある、何の制約も無いはずなのに。
「年末はあんたには解からんやろけど大掃除や買出しもあるのよ、お正月くらいは家に居てよ! 子供達や孫も帰って来るのに・・・」
「そうやね、お正月は好好爺になりますわ」
そんな訳で食って飲んでが続き、体重は増え、運動不足となる、最近のお正月パターンです。
年明け後も会員各自はハードなトレーニングに励んでいると聞きました、
「1日に30000歩は歩かないとトレーニングになりませんよ!」
置いて行かれそうやね、この辺りでスイッチをオンとするか!
何処か歩きに行こうと声を掛けたらSさん、Zちゃんが付き合ってくれました。
コースは有馬から百間滝、似位ノ滝へ、そこから白石谷をつめて六甲最高峰へ抜け、七曲りを下り、雨ヶ峠から横池を通り八幡谷を下って岡本まで歩きます。
淡い氷結滝への期待もあり、ピッケル、アイゼン、ザイル等の登攀装備一式と、靴も重登山靴と完全装備で気合いが入っています、ザックもズッシリと重くなった。
「暖かいなァ、こら、アカンわ!」
百間滝はご覧の姿です、小雪が舞う天気ですが寒さを感じない、今年も凍結した滝には出会えませんでした。
白石谷出合に戻り、白竜滝へと向かいます、季節はずれの沢歩きとなりました、持参した登攀具は出番無く、ザックの中に収まったまま、
「今日は負荷訓練になりますわ、先は長いから急がんと日が暮れるね」
以前の記憶を辿り白石谷を登りましたが、標識は堰堤越えを指示しています、右岸から尾根に上がる道は廃道となっているようです。
この辺りは薄っすらと雪化粧しています、手すりを使ってダイレクトに堰堤を上がる。
この道標には見覚えがあります、どうやら以前の合流点から山頂寄りに付け替えられたようです。
続々と登ってくる登山者とすれ違いながら七曲りを下ります、さすがに六甲のメインルートですね、山ガール、山ボーイで賑わっていました。
雨ヶ峠を越えて横池から打越峠に向かいます。
八幡谷を抜けて岡本の住宅街に下りました、天井川には、やっぱり居ました!デッカい猪がノンビリと昼寝しています。、
「よう肥えてるな、美味そうやで、誰かが餌付けしてるんやろな、一頭だけでも捌いたら何人前のボタン鍋が・・・ あー食いたい!食いたい!」
本日の行動食はビスケット数枚とアミノバイタルプロ、ポットに入れた熱い紅茶のみ、
「腹が減ったけど、我慢や!減量せんとクライミングが出来んぞ!」
2011年は本当に激動の一年でした、未曾有の大震災、大津波、原発事故、日本全体が存亡の危機に面して居ると言っても過言ではない。
頑張ろう日本! 立ち上がれ日本!
暗い世相を憂いてみても仕方がありません、今年こそ良い年であるよう願っています、か弱き小市民達よ、背伸びはしない、身の丈に合った足るを知る暮らし、そんな生き方をしましょうや。
クラブ雲峰の2011年は実り多き年でしたね、長年、私が叫び続けていた昔のようなクラブ雲峰に戻ろうが実感出来た嬉しい年でもありました。
あえて連休を外し中旬に挑んだ東尾根、予想以上に進んだ融雪で藪漕ぎを強いられて敗退、屈辱の山行だった。
何か忘れかけていた登山の原点を呼び起こして貰ったような、実に思い出に残る山行となった。
岳沢からの長いアプローチを辿り、ジャンダルム北壁、飛騨尾根を登った、行動時間は15時間と実に辛かったね。
猛烈な風雨と闘って越えた薬師岳、まさに天国と地獄を味わった。
10月の唐松岳~五竜岳
新雪に輝く峰々を堪能して来ました、素晴らしい景色だ!
その他にも、比良堂満岳中央リッジ、錫杖岳前衛フェース左方カンテ、宝剣岳中央稜、御在所岳前尾根、表銀座ルート他が有ります。
自らが定めた目標に向かって、日々のトレーニングに励む仲間達の姿には年齢を超越した何かが見て取れる、その青年のような目の輝きがある限りクラブ雲峰は永遠に存在し続ける。
私が今年の自らに課した課題は
「強いハートを持て!」
さァ、今年もお互いに頑張ろう!
いつもは多くの船が行き交う明石海峡ですが、さすがに今日は一艘の船影も見えません、2012年元旦は穏やかに明けた。
そうそう、我が家の正月と云えば 白切鶏(蒸し鶏)です、頭も足も丸々一羽を使います。
大きな出刃包丁で骨ごと一口サイズに叩っ切ります、薬味には白髪葱、香菜を入れ醤油、ごま油を使って、もちろん頭も足も余す所なく、すべて美味しく頂きます、毎年こうして我家は新年を祝うのです。
2011年の締め括りは、やはり妙号岩でしょう。
「妙号岩に感謝の意を込めてクライミング納会をするぞ!」
妙号岩には、この一年、大変お世話になりました、クラブ雲峰クライマーにとって、ここは欠かす事の出来ないゲレンデと成ったのです、本当に感謝の気持で一杯です。
クライミング納会に先立ち、前ノ壁テラスにお神酒と米塩を供えました、参加者が順番にお神酒を岩に注ぎ、感謝の気持を表しました。
「ボルト打ち込んだり、ブラシ掛けたりしてゴメンなさい」
「K君達!君ら特にお礼を言いよ、月平均3~4回は通ってたやろ?」
「Rちゃん、岩の神さんにシッカリ頼んどきよ、来年は落ちませんようにとな!」
お清めを終えて、2011年クライミング納会の開始です、天気も良く、日差しは暖かく、今日は最高のクライミング日和となりました。
「あれ?ボルトの頭が外されてるで! こいつが無いとヤバイな!」
本年最終のクライミングなので厳しいルートにトライしているんです。
「妙号岩セットメニューの締めは奥ノ壁でしょう! デザートですわ」
と云う事でワイワイガヤガヤと賑やかに登っています。
本日の参加者は5名でした、S代表は孫の守?らしい、TッちゃんはMァチャン達と八方尾根に行っています。
「Tッちゃん! お前が一番にお神酒を注がんとアカンねんぞ!」
本当に皆さん、2011年は良く頑張って下さいました、来年も今年に増して大いなるご活躍されん事を心より願っております。
「頑張ろう!脱還暦雲峰クライマー達よ!」
今年の干支は卯でしたね、我が家のウサギです、名前は”ゴハン君” 御歳8歳ですから人間で云うと、かなりのお爺さんです。
テーブルの片隅が彼の定位置なんです、家族の食事を大人しく見守っています、まるで干支の置物みたいでしょ。
地図とコンパスは山に登る者にとっては必携品です、では、あなたは地図とコンパスを正しく使いこなせていますか?と聞かれたら自信を持って ハイ! と答えられるだろうか。
これから雪山の季節を迎えますよね、私自身ホワイトアウトして視界が利かずコンパスの方位度を頼りに歩いた事が何度かありますし、経験された方も多いと思います。
今ではGPSと云う文明の利器があります、でもアナログかもしれませんが基本的な地図とコンパスを使う技術を身に付けておく事も必要であると思うのです、今一度、しっかり勉強しませんかとメンバーに呼び掛けてみました。
実習するフィールドは白髪岳周辺としました、前方左のトンガリ山から時計回りに四斗谷を基点に周回する距離の長いコースです、この山域は道標もありませんし、登山者も居ませんから読図山行に使えます。
スタート前、まず地図に今日のコースと磁北線を記入します、コンパスは古いシルバから最新のスントが揃いました。
ラジアン値やtan値と三角関数を使って磁北線を正確に記入する方法もあるのですが、現場でそんなπがどうのvarがなんて難しい計算は止めました、これは自宅で事前に行なう方法ですわ。
国土地理院地形図に記載されている”磁針方位西偏7°26′”から偏角7.43度(記載されている磁気偏角は度と分ですから分を10進数で度に直す必要がある)と算出し、カプセルリング(度数リング)を回してNからWに偏西角度を合わせます、そしてカプセルの南北線を地図の左端に沿わせ長辺を使って鉛筆で線を引けばそれで磁北線が完成です。
09:00に出発しました、当初は6名が勉強会に参加予定でしたが、諸事情で4名と寂しくなっています。
「えーッと、進むコースに長辺を合わせ、磁北線を平行にしてと、進行矢印の指す方位は?トンガリ山は方位340度ですわ」
早速、コンパスと地図を開いています。
「ヤル気満々やね、良し、良し!」
今朝の気温は-3度です、周りの畑は凍て付いています。
妙見堂跡までは参道があります、ここからは左手の踏み跡を辿り高度を上げます。
1時間弱でトンガリ山(620M)に着きました、 地図を拡げコンパスを睨み山座同定や進行方位度の確認と、ここからが読図講習会の本番です。
トンガリ山頂からはこれから辿る白髪岳までの尾根が一望出来ます。
「地形図と合わせて、しっかりと方位や度数を確認してよ、ここからはブッシュで視界が無くなるでぇ」
分岐点や要注意ポイントでは質問が飛びます。
「進行方向はこっちでーす」
「こっちと云う方角は無い!方位は何度や!」
厳しい駄目出しです、兵庫県を相生の海辺から地図とコンパスを頼りに山々を継ぎ、日本海側まで縦断したSちゃんが本日のスペシャル講師ですからね。
607Mのピークで小休止してエネルギーの補給です、ここでも現在地の特定と進行方位の確認が行なわれます。
「どっちへ進むの?」
「方位70度で644Mに続く尾根に向かいまーす!」
「進行方位を確認して下さい、ここの高度差は何Mですか?登高線の幅から傾斜度は?」
講師大先生から矢継ぎ早に難しい質問が飛んできます。
「えーと、1/2.5万図やと登高線は一本10Mやし、傾斜角は0.5mmで角度40度、1mmで22度やから・・・ムムッ」
白髪岳も間近になりました、ここまでの学習で読図にも余裕が見られるようになってきましたね。
やっと689Mのピークに到着です、今日は読図講習なので時間が掛かっています、ここで軽く食事を摂って大休止します。
白髪岳(721.8M)に到着です、この先、下山を急ぐので写真だけ撮って通過します。
住山へのメインルートから外れて右の藪へ突入し、四斗谷に向かって急降下の開始です。
有るか無しかの踏み跡は枯葉に埋もれ、藪に蔽われています、幾度か進行方向を修正しながら忠実に尾根を辿ります、積もった枯葉に足を取られながら悪戦苦闘の下山ルートです。
P432M手前のコルから右手の沢に向かって下降しました、この傾斜の強い下りが最悪でしたね、堆積した枯葉の下は湿った粘土質でグリップが全く利かず、見事に滑り落ちて泥塗れです。
それを見て後続の彼等は大きく迂回していました。
「先行して皆のための犠牲になったんやぞ!感謝せーよ」
浅い沢沿いを下り、植林帯を抜けると冬枯れの田圃でした、林道を歩き、今日の読図勉強会は15:15に終了です。
2011年の登り納めとなった今回の山行は参加者こそ少なかったものの、クライミングだけではなく、登山で求められる総合技術力向上計画の一環です。
本当に今年はよく頑張りました、個々がスキルアップして、技術的な裏付けで自信を持ち、人の計画に付いて登るのではなく、もっと積極的に活動の巾を広げようとするメンバーの意欲が表れた年でもありました。
ロッククライミング、氷雪、渓流、幕営、レスキュー、応急手当、読図すべての技術力を高め、これからの登山をもっと楽しく、より高度に、そして、より安全にと考えています。
S代表の言う、SAFETY & ACTIVE です。
「もっと勉強会を開こうや!」
要望も出ています。
「年内に今度はクライミング納会をやろう!」
久し振りに東六甲縦走路を歩いてきました。
K君夫婦、Sちゃん、S代表と私の5名が六甲ケーブル下バス停に集合したのです。
Tッちゃんからも云われていました、
「歩いとかなあかんぞ!クライミングするにしても基礎体力を付けな!」
やっと体調も戻ってきた、これで復帰に向けてのスタートが切れるぞと、喜んで参加させてもらった。
思っていたより体が軽く動く、これなら皆に付いて行けるぞ。
今日は読図勉強会も兼ねています、歩き慣れた道ですが地図を広げ方位を読んでいます。
「今度の日曜日に未知の山域で本番やるから、しっかり予習してや!」
何年振りかで歩く東六甲です、車とバイクに注意しながら最高峰に向かいます。
「俺はアミノバイタルが有れば、それだけでバッチリや!」
本当にアミノバイタルとビスケットとポットの紅茶だけで充分でしたね。
「アンタら、ホンマもんの山へ登る人やねんな?」
「ハァ・・・・?六甲山はホンマモン違うのん?」
熟女山ガールのオバちゃんに云われました、何の事やら、
「私ら、ただのパチモン熟年ハイカーですねん」
歩けば少し汗ばみ、休めば風が冷たい、寒いので休憩もそこそこに、今日は良いトレーニング日和です。
今日のコースでも距離は22~23キロ強、宝塚までは遠い道程です、
「六甲全山縦走する人に心より敬意を表します!」
「六甲全山縦走は字の如く走る道です!と、友人のアスリートが言ってましたよ」
ホォーと聞いていたら、後方からタイツ姿の可愛いお姐ちゃんが勢い良く駆け抜けて行った、
「成程なァ、ホンマ納得や」
「全縦はここからが最難関ですわ」
本当に塩尾寺から宝来橋までは辛い道ですね、何度も歩きましたが、いつも思う、
「二度とゴメンじゃ!」
昔の山スキーは登山靴を履いて、カンダハのビンディングを付けた板に皮バンドとワイヤーで固定して滑っていましたね。
私が今も使用している山スキー装備は、
と云う骨董品です、こいつとは北アルプスを滑りまくった相棒ですし、造りがとてもシンプルで故障もありませんから、捨て難い信頼厚い装備なんです。
問題は靴です、登山靴では滑降時に足が安定せず板の押さえが利きません、登山靴で登り、担ぎ上げたスキー靴に履き替えて滑降していました、そこに登場したのがガムペット?です、登山靴の上からプラスチィック製のプロテクターで足首から下をバックルでガッチリと固定出来ると云う優れものでした、スキー靴にはとても及びませんが、それでもなかなか便利で愛用していました、しかし、酷使と経年劣化で破損してしまい、新たに買おうと方々捜したのですが、店頭から完全にその姿を消していました。
スキーブーツでは山スキーは歩けなくて無理です、スキー兼用靴は中途半端に高価で貧乏人には高嶺の花です、登山靴としては履けないし、スキーブーツは何足か持ってるし、板も有るし(山スキー装備を新たに揃えるとなると20~30万円超!)今、履いている皮登山靴に装着する昔のガムペットのような器具を何とか手作り出来ないものかと考えていました。
何気なく入った中古品ショップのスポーツ用品棚にスノーボード用ビンディングが並んでいました、暫く眺めていて閃きましたね。
「おおッ、こいつは使えるかもな」
購入価格は¥1,600です、これで試作品を作成することにしました。
ビスは緩み防止剤で固定されていますから電動ドライバーかインパクトでないと外れませんからご注意を。
登山靴の土踏まずに装着するプレートは後傾姿勢になった時に大きな負荷が掛かりますから、材料には頑丈な座金を使い、しっかりとビス留めします。
足首部分を固定するために、別途、購入したボード用のストラップをビス留めします。
足先部分を締めるベルト(アンクルストラップ)もステンレス座金で連結させました。
装着は簡単です、山でマゴマゴしないように(L)(R)とマーキングしておきました。
アンクルストラップ3ヶ所でガッチリとで締め付けると、足首、爪先とも安定します。
本当は兼用靴も新しい板やビンディングも欲しかったんです、でも、何十万と投資して新品を揃えても、あと何年くらい使えるだろうか、それを考えると勿体ないと思ったし、人の使っていない自分だけの装備で楽しむって良いよね、登山装備が満足に入手出来なかった昔はクラブ内に装備研究会が有って、あれこれと自分達で考案していました、今や登山用品店に行けば欲しい物は簡単に手に入る時代です、確かに俺は貧乏人で簡単にギヤーは買う事が出来ませんが、今も何かと考えては悦に入ってる、私はどうも古いタイプの山屋なんでしょう。
材質はアルミとプラスチックですから、とても軽く出来ています。
材料費はビンディングが¥1600とストラップ¥1200と座金やビス類です。
問題は中古のスノーボード用ビンディングを、いかに安く購入するかがポイントですね。
これは昔々に使ったガムペットをイメージして作った試作品です、雪の便りが届けば早速にテストしてみますね。
このブログをご覧になって、何か良いアイデアやご意見がありましたら、ぜひコメントをお願いします
平成23年(2011)は納得できる充実した一年であった、毎月のように北アルプスに出掛け、実りある合宿も出来た、私達が追い求めていたクラブ雲峰の本来有るべき姿に大いに近づいた一年でもあった、ビッシリと詰まったトレーニングメニューをこなし、自らの目標を定め頑張ったメンバーには心から良くやったね、お疲れ様と胸を張って言いたい。
今年の忘年会は昨年同様にゆめの里農業公園コテージを借り切って開かれた、参加者は10名と例年に比べかなり寂しいものとなったが、今年も元気な顔を見せていただいた先輩諸兄には感謝いたします、47年前にクラブ雲峰を設立された先輩達、それを受け継ぎ一時代を築き守った我々、しかし、今、大きな岐路に立っている、クラブの将来図と方向性をシッカリと捉えた活動が求められています、会員各自の問題として真剣に考えて意見を出して欲しいと思う。他人のクラブではない、自分達が育て守ったクラブ雲峰です。
今年の山行、来年の目標、クライミングの話と話題は尽きず、大いに盛り上がり飲んで食っての夜は更けていきました。
先輩方の希望で近代クライミングを体験しようと云う事となり山神社の岩場に向かいました、M先輩、K先輩にも何本かルートを登ってもらったり、懸垂下降も最新ギヤーを使って体験していただきました。
皆さんご納得頂けたようです、良かった、良かった。
Mァちゃん達も来ていましたので数十年振りの再会となり、先輩方も懐かしく話しに花が咲きます、75歳を越えても、益々、意欲的に山に向かう先輩方の姿には元気とパワーを貰っています、老いてもかく有りたいと思う、登山と云うスポーツの人生を通したスパンの長い奥深さを感じる、登山と出会えた幸せを実感した1日であった。
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