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読んで思わず笑ってしまった筒井康隆!(源平一の谷合戦を考察する)

久し振りに本を読んで大笑いしたんです。

神戸では大河ドラマ 平清盛ブーム?で地元を盛り上げようと躍起!となっています。

先日も遊びに来た友人と、清盛ブームの話から、

「一の谷合戦の一の谷とは何処が本当なんやろ?そもそも一の谷合戦は存在したんやろか?」

と云う話になりました。

「平氏側が東の守りを生田の森(三ノ宮)、西の守りは須磨一の谷(須磨浦公園)として福原京(現在の平野、湊川付近?)に本陣を構えていたとすれば、義経が戦術的にも裏山の鵯越(ひよどりごえ)を下って本陣を突いたとするルートが妥当やで、須磨浦一の谷は違うと思うが、どうや?」

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「成程なァ、鵯越~会下山北側~福原京のルートで本陣を急襲したと考えると、背後には清盛が開いた大輪田泊も有るし、整備された港に軍船や御座船を集結させたと見る方が論理的やね。平氏が敗走して船に逃れるにしても地理的にも須磨浦海岸では短時間の内に大勢の殿上人や物資を船に収容するのは厳しいよね」

それなら、面白い本が有るのだと、友が云う。

「平家物語、吾妻鏡の現代訳なんか難しい本は要らんよ、興味無いもん」

「違う、違う、貸したるから読んでごらんよ、面白いから!

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それは筒井康隆大先生の 「メタモルフォセス群島」 1976年の作品です。

「そうやね、最近は山岳書ばっかり読んでたし、筒井康隆大先生も良いやろなぁ」

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この短編集に掲載された 「こちら一の谷」 これには大笑いしました。源義経一党が時空を超えて一の谷合戦を史実通りに実行しようと悪戦苦闘する様をパロって、洒脱な文章でコミカルタッチに描き出しているんです。内容を少し抜粋しましょう。

京を発ち、三草山で一戦交えてから、やっとこさ辿り付いた鵯越。

「鹿も四足、馬も四足・・・」の名台詞を言いかけて、立ち止まってしまった義経さん。

この鵯越、あまりに傾斜の緩い単なる坂道なので、

「ここは緩すぎる、逆落としの史実と違うぞ?」

オロオロする義経一行の前に汗を拭き拭き鉄道員が現れます。

「この道を行ってはいけません、ここは史実の鵯越ではありません」

と立ち塞がったのは山陽電鉄の宣伝課社員だと名乗る男。

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「須磨浦公園駅一帯が一の谷古戦場と後世に伝わっております。だからこそ我々は観光客誘致のPRをしているのです。こちらに来てもらわなければ史実に反します」 と、

懸命に説得して連れて行こうとします。

義経一行を案内して高倉団地から鉄拐山まで来ると、今度は別の鉄道員が現れます。

現れたこの男、神戸電鉄の宣伝課社員だと名乗ります。

「ここで待っていて良かった!先生方、山陽電鉄に騙されてはいけません。我が社沿線の鵯越こそが本家、元祖鵯越 ~ 一の谷です!」

源平ハイキングコースも有るんです、と反論します。

やがて郷土史家や古老をも巻き込んで一の谷逆落としだ!否、坂落しだから緩くても良い!と大騒ぎとなってしまいます。

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結局は時間が無いと、義経一行は山陽電鉄の薦める須磨一の谷を選択します。

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あまりにも崖が急過ぎると二の足を踏む義経一行を時計を見ながら、

「もう時間がありません、ここを下りなければ史実に反しますよ」

尻を押す山陽電鉄宣伝マンや地元古老達。

弁慶は転がり落ちて七つ道具を失くすし、逆落としが怖いと馬ごと須磨浦ロープウェイで下る者まで出て来る始末。

大騒ぎで「一の谷逆落とし」どころか、崖を落ちて行きました。

薩摩守平忠度(たいらただのり)に至っては山陽電車に無賃乗車して遁走する始末。それを岡部忠澄が快速電車で明石へ追いかけたり、もう無茶苦茶です。(無賃乗車を隠語で薩摩守と云うの知ってますか?自動改札化で今や死語になったかな?)

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須磨寺にある敦盛像。

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平家の可愛いお坊ッちゃま君も筒井大先生の手に掛かれば漫画チックに描かれてしまいました。

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敦盛卿のいでたちに付いての下りなんか、その姿を想像しただけで笑ってしまう。七五調の香具師口調で筒井先生は絶好調。

こんなドタバタ劇で驚くような奴はユーモア感覚を持っていないと仰る。

「平気にあらずんば人にあらず」 成程ね。

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「敦盛塚」は須磨浦公園の西端、国道2号線沿いにあります。

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今や立派な観光地?となった敦盛塚。

やがて戦い疲れた平敦盛、源義経、熊谷直実の3人が空腹に耐え切れず 「敦盛そば」 を食います。

「ここの蕎麦はどうだ?」

「敦盛だ」

「味は?」

「だし汁の加減が義経」

「では拙者も九郎判官」

もう、こなったら親父ギャグの領域やね。

財布を失くしたと義経が言うと、敦盛が、

「心配いらぬ、金なら拙者が払う」 

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その途端、熊谷直実が敦盛の首を打ちます。

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須磨寺の境内にある平敦盛の首塚です。

「奢る平家は久しからず」 やて!

凄い落ちでしょ、お見事です。筒井大先生!

山電OBの文ちゃんは須磨浦山上遊園で時には源平古戦場ハイキングの案内をしているそうです。どんな話をしているのかなぁ、登場する宣伝課員と文ちゃんがオーバーラップしてしまい、この小編を読みながら可笑しくて、可笑しくて、涙が出ましたね。

「文ちゃん、この本を読んでみたら? 案内するネタになると思うよ、客の掴みにバッチリやで!」

皆さん打ち揃って、文ちゃんに一の谷周辺を案内してもらうツアーを組んでみようや。

「私達、山陽電鉄サポーターで~す、 文ちゃん!」

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