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「ゴハン」は月に帰って行きました。

我家のお爺さんウサギ、「ゴハン」君がお月さんに戻って行きました。9年間も我家に癒しの時を与えてくれたんです。

Dscn0263 ゲージには入れず、ベランダや各部屋を自由に走り廻っていました、離し飼いです。

彼の定位置はテーブル片隅の鍋敷です。静かに家族の食事風景を眺めていました。

人間の年齢で90歳近く、老境に入ったウサギを見ていると、人に媚びず、悠然とした構え、達観したようなその半眼の眼差し、禅宗の高僧を思わす風格さえ感じたものでした。

「お主は何を齷齪しておる、有るがままで良いのじゃ」

「こいつに心の中を見透かされているような気がする」

しかし、我家は「ゴハン」によってボロボロにされましたわ!

電話線、インターネットの線は噛み切る、カーペット、襖、柱は齧る、もう大変でした。

Pb2600531 寒くなると、私のシュラフに潜り込んで眠っていました。不用意に倒れ込むとペシャンコにしてしまいそうでした。

老衰が進み、「心臓も衰弱してる、もう長くは持たないよ」と畜産学科で学び、動物の専門家でもある看護士をしている娘が言う。

恐らくは私が山から帰って来た頃にはもう旅立っているだろう。

穂高岳に向かう日、懸命に前足で踏ん張って立とうとする「ゴハン」君、いつものように鼻先から頭にかけてそっと優しく撫でてやりました。

「ゴハンよ、お別れやね。長い事、有難うな。良い思い出を家族に残してくれたね。月に帰ったら満月の夜には姿を見せてくれよ」

そして、寂しくなりました。

          尾崎放哉の句

「寂しいぞ一人五本の指を開いてみる」

「ゴハン」を撫でていた手を見つめていました。

帰りは観光旅行(西穂高岳~新中尾峠~中尾高原~飛騨古川)

P7240071 ガスも晴れて視界良好もここまで、これ以後は雲に覆われ周囲の山々は姿を見せる事はなかった。

P7240112 コッチャン、Kくんは縦走班とは別に西穂高岳を往復、その日は西穂山荘テント場でもう一泊しています。

P7240063 「ロープウェイで帰るのでは、あまりにも芸が無さ過ぎる、別ルートで下ろうや」

P7250128 中尾峠を目指して進みますが、道はご覧のような酷い状況で靴もズボンも泥まみれとなってしまいました。

「これは道やない!田圃じゃ!」

P7250133 左下方に上高地が見えています、この泥だらけを梓川で洗いたいと真剣に思った。

P7250162 焼岳小屋に出ました、道を右に取って新中尾峠を下ることにしたのです。

P7250179 2時間30分程で中尾高原にある合掌の森に到着です、ここでキャンプしました、

P7250181露天風呂も完備されていて至極快適です、ここまで下ると気温も上がって寝苦しい夜となった。

P7250191 センスのカケラも無い、手作り看板だらけのキャンプ場。

湧出する源泉で熱々の茹で卵を作りました。

ここで靴もズボンも綺麗に泥を落とす洗濯をしたそうです、

「どうりで合流した時、サッパリしてたなァ」

Dscn7215 2日振りに全員集合です、平湯バスターミナルから新穂高の駐車場に戻りました。

「何はともあれ、風呂に入って着替えさせてくれや!」

P7260221001 汗にまみれた体を丹念に洗い、広々とした露天風呂に我々5名だけでユッタリと浸り贅沢な時間を過します。(写ってるのは全体の1/3です、とにかく広い露天風呂)

Dscn7234 腹が減ったので手打ち蕎麦を食いに行こうと話がまとまった。

「高山市内に出るか?」

「それより飛騨古川は高山よりも観光ズレしていなくて、良い町やで、行こう!」

Dscn7224 駅前観光案内所で情報を仕入れ食堂を見つけ、手打ち蕎麦の大盛りや飛騨ラーメンもガッチリと食って、さぁ、町の散策に出掛けます。

Dscn7219 軒先に特徴のある雲形肘木細工が施された民家が並び、味わいある景観に溢れた町、そんな飛騨古川は正に生活に密着した飛騨匠の技が生きている町です。

Dscn7217  こうして穂高山行は終わりました、2週間後には剣沢合宿の本番です、

「スケジュールがビッシリやね」

美味しい所だけ縦走 (西穂高岳~北穂高岳) 其の2

今日の泊りは穂高山荘テント場です、ここで大失態をやらかした。

テント場から山荘への石段を下りて行く途中、脇見していて階段を踏み外したのです、足首に激痛が走ったが暫くして何事も無かったように治まった。

Dscn7202 ところが夜中になって痛み出したのです、コッソリと起きて湿布薬を貼りテーピングで治療していました、バレないようにしていたのですがザコッペに気付かれてしまいました。

Dscn7187 穂高山荘のある白出コルは風の通り道、一晩中、強い風がテントを揺らしていました。

今日の予定は槍の肩まで、長い道程が待っています。

トッチャンからボロクソに怒られました。

「お前は怪我しても黙って隠そうとする、悪い性格や!我慢するんもエエ加減にせーや!痛かったら、痛いと言え!」

Dscn7192 とりあえず北穂高岳まで行き、足の具合を見ることにしました。

「踏ん張りも利くし、フラットに歩いたら痛みは無い、大丈夫や!」

涸沢岳を越え北穂へのルートに入ります、

Scanbmp Scan

大昔の写真が残っておりました、涸沢岳西尾根から北穂高、滝谷へ、厳冬期に登った時の写真です、同じ地点辺りで撮ったものと思われます。

Dscn7195 ここまで来ればドームも近い、意地でも北穂高岳までは音を上げず頑張ろう、我慢、我慢。

Dscn7196 足元は滝谷へスッパリと切れ落ちております、蒲田川右股と滝谷出合が見えています。

Dscn7197 これを越えて回り込めば南稜ルートと合流するはずだ、今日も薄曇りで暑さは感じず、絶好のコンディションですね。

Dscn7198 北穂高岳(3106m)の山頂です。

ここで私の足に付いて検討されました、今の状態なら無理すれば槍ヶ岳まで行けるだろう。

登山中に於いてはリスクを回避することを最優先と考えよう、大キレットや槍ヶ岳に固執している訳でも無し、敢えてトレーニング山行で無理する必要は有りません、近々の剣岳での本合宿に支障が生じる事だけは避けようと結論付けられた、余力を持って動ける間に安全圏に戻る、これが賢明な策だと、

「南稜から上高地へ下るぞ!」

こうして故郷の香り漂う?黄金の山? 北穂高岳を後にしたのです。

Dscn7199 仲間の賢明なる判断に従って下山する事になりました、私のチョッとした不注意でメンバーに迷惑を掛け、西穂高岳~槍ヶ岳縦走計画は中途で終わってしまい、悔やんでも悔やみ切れない。

「申し訳ありません、ゴメンなさい」

重くなった心と足を引き摺って無言で南稜を下ります。

Dscn7200 残雪豊かな涸沢カールです、テント場の大半は雪の下でした。

来月後半にMッチ君のデビュー戦となる北尾根をバックにパチリと一枚。

Dscn7213 上高地でも観光客に混じってパチリと一枚。

上高地から路線バスで平湯バスターミナルまで移動します、携帯電話で西穂から下山して新穂高に居るコッチンに連絡し、迎えに来てもらいました。

「今度はコッチャンがボロクソに言いそうやなァ、辛いのう」

こうして7月穂高連峰での強化トレーニングは終わった。

美味しい所だけ縦走 (西穂高岳~北穂高岳) 其の1

それは一瞬のことだった

山が黄金色に染まった

周りには懐かしき故郷の

えも言われぬ香が漂い

この偶然に出会えた人々の目には

涙が滲んでいるように見えた

                          2012年 夏山合宿 参加メンバーに捧ぐ

この散文詩は何? サッパリ理解できないでしょう、それで良いのです、今山行メンバーが読めば、大笑いするだろうから・・・

「北穂高よ! 黄金の山よ! 帰ったら宝くじを買います!強運 をお願い!」

Dscn7123 今回の目的は連日の長時間行動です、合宿地は西穂高岳としました

A班は 西穂高岳~槍ヶ岳まで縦走(テント泊)

B班は 西穂高岳往復~中尾峠~新穂高

Dscn7126 今日の泊りは西穂高山荘テント場です、許可を得てヘリポートの上に幕営しています。

Dscn7127 ガスに包まれた早朝のテン場を出発する、丸山に上がった頃から明るくなり視界も少し良好となった。

Dscn7128 一瞬、ガスが切れて進行方向が開け、これから向かう西穂高から奥穂高が見えた。

Dscn7133 西穂高岳往復の登山者からの激励を受けて縦走路に入った。

「さァ、行こう! 最初のピークは赤岩岳やったね?」

Dscn7135 長い鎖場です、落石の危険と先を確認するため間隔を大きく開けて下降しました。

Dscn7137 ガラガラ、ボロボロの間ノ岳です、これでもシッカリとルートは付いているのです。

パトロール中の山岳救助隊に出会った、一人の隊員は顔見知りの好日山荘三ノ宮店スタッフです、彼は10月迄、穂高で長野県山岳救助隊員として勤務するそうです。

ザコッペが聞いています。

「この先、鎖場の下降は大丈夫なんでしょうか?」

「何を心にも無い事を聞いてるんや、イケメンの兄ちゃんやからって可愛い子チャンぶって!」

Dscn7138 何とも神経を使う下降が続く、浮石が多く、ホールドは必ず確認し慎重に行動する。

ザックの重量は15kg程度に抑えています、それでも振られて動きが制約される、山小屋を利用すれば軽い装備で楽でしょうね。

Dscn7139 飛騨側から強い風に乗ってガスが湧き上がってくるが視界が無くなる程ではない、日差しが無い分、暑さが凌げて有り難い。

Dscn7140 落石の危険度が増せばピッタリと前後の間隔を詰めて行動します。

「落ちたら、玉突きやぞ!」

Dscn7144 ボンヤリと逆層の壁が大きく見えています。

「あれが逆層スラブらしいな、ルートは何処でしょう?」

Dscn7146 「何じゃ、傾斜の緩い壁やないか! 走って上がれるぞ」

Dscn7149 長い鎖がセットされています、鎖を掴んで一気に駆け上がったら息が切れた。

Dscn7155 天狗ノ頭を越えて高度を下げると、垂直に張られた鎖場があった。

「やっと天狗ノコルやで! ここからは去年に通った道やね」

Dscn7159_2 タタミ岩の頭、コブの頭と越えればジャンダルムは近い、昨年9月の岳沢合宿で登った道だ。 穂高岳合宿2011 (飛騨尾根NO.2) ←クリック 

Dscn7160 ジャンダルムに到着しました、ここまで来れば奥穂高岳までは指呼の間ですがアップダウンが続き時間は掛かります。

Dscn7161 信州側をトラバースします、ここは昨年の合宿では駆けるように通過した地点です。

「楽勝や!残すはロバの耳と馬ノ背だけやね」

Dscn7165 ロバの耳は飛騨側を越えて行きます。

Dscn7166 ジャンダルムは奥穂高サイドから眺める姿が一番、何度も見た風景なのに、つい見蕩れてしまいますね。

Dscn7168 西穂からの縦走ではここからが核心部だと言われており、ルートを外すと微妙なクライミングダウンとなるので慎重にルートを見極めて下降しています。

Dscn7169 荷物が大きいと苦しい体勢を強いられます。

Dscn7170002 ロバの耳を越えての登り返しを正面から見れば、

「オイオイ、一体どこを登れって云うねん!」

「あそこや、ガリーにルート指示のペイントが見えてる!」

Dscn7171 この鎖場は実に楽しい下降でした、シッカリと鎖を持っていれば大丈夫、一気に下ります。

「トッチャン、バリバリの新品ザックは格好エエなァ」

Dscn7173 「近くで見れば簡単な登りやね、見た目より岩はシッカリしてるぞ」

Dscn7176 馬ノ背の向こうに奥穂高岳山頂が見えてきました、本日のゴールも近い。

Dscn7177 馬ノ背を登る、ホールドも豊富で、快適に登って行けます。

それにしてもザコッペは強い!ガンガン飛ばしています。

Dscn7180 「そんなに急がんと、もっと楽しみながらユックリと登ろうや!」

Dscn7181 置いて行かれた爺さん二人、ボヤいております。

「ザコッペには勝てん!アイツは怪物や!」

Dscn7183 奥穂高岳(3190m)に到着、後はノンビリと下っても穂高山荘までは30分程度の距離です、本日の行動時間は予定通りの12時間ピッタリでした、

「時間が掛かり過ぎやてか?それを云われると辛いなァ」

歳相応ということでご勘弁下さい。

猛暑の中を歩け!(丹生山系)

夏山合宿も決まった、7月は西穂高から槍ヶ岳までの縦走、そして8月に入れば剣岳での登攀と2回の山行が待っています。

土曜日は登山研修所の当番でした、藤木九三文庫の蔵書目録をデータ化する作業に没頭していました、インターネットで国会図書館及び大学総合目録を検索し、神戸登山研修所の蔵書と照合する、こんな地道な作業の中で貴重な山岳資料や本が発見されるのです。

昨日の日曜日は古法華で汗だくになっての練習でした、炎天下のクライミングは流石に厳しいものがあります。

「よし、これで完璧に岩の感覚は戻ったぞ!」

連休の月曜日です、トッチャンとSさんは妙号岩で剣岳を想定したアルパインクライミングの練習です、私とコッチャン、K君の3人は夏の稜線歩きを想定した耐暑トレーニングを丹生山系でする事にしたのです。

Scan_2 下山する坂本に車を置き、もう一台で淡河側に向かいました、今日の神戸地方は今夏最高気温で猛暑が予想されております。

「耐寒訓練の方が楽やで、熱中症でバテるかもな?」

Dscn7101_2 河沿いの土手に車を止めて出発です。

「風があるから、思ったより暑さはマシやな!」

Dscn7103 勝雄不動尊までの参道?は出水で荒れていましたが、それなりに整備はされています。

Dscn7105 「K君、以前に来たことあるんやろ? こんな階段はあったか?」

「さァ・・・・・?」

「それにしても滑る石段やね」

Dscn7107 不動滝に到着です、出水で荒れた滝壺を行者さんが整備されていました。

勝雄不動明王にお参り、今夏合宿の安全を祈願し、滝を渡る冷風でクールダウンです。

Dscn7108 不動滝から上部は強烈な登りとなった、嫌らしい鎖場が続いています。

P7160009 足元はぬかるんで滑る、雨で土が流され岩は浮き、不安定な状況だ。

「落石に注意してな!当ったらゴメン!」

Dscn7112 登り切ると風化した砂岩の尾根の出ます。

この辺りに山桜の苗木が植樹されておりました。

何年後、この付近にも緑が戻ってくれば良いね。

「君達!自分が植樹したみたいに名札を持つのはダメ、ダメ!」

照り付ける日差しは強烈です、日陰を探して休憩を頻繁に取り、水分補給を小まめに行います。

私のザックには真水1.5ℓ、スポーツドリンク1ℓ、梅ジュース(氷入り)500mℓとこれだけの水分を用意しています。

Dscn7116 沢筋の小さな流れを辿り、戸田からの旧道に合流すればシビレ山は近い。

Dscn7118_2 小さな峠を右折し急登に一喘ぎしたらシビレ山頂でした。

12:00です、風の吹き抜ける山頂の木陰で昼飯とします、

何と、ここで1時間近くも昼休憩していました、普段なら昼飯に10分も掛けないのにね。

「今日は暑いから特別やで!」

Dscn7120 「暑い!暑い!休憩しよ!」

「風が吹いてて気持ち良いで、休憩しよ!」

繰り返している内に丹生山に到着しました。

P7160025 「せっかくやから帝釈山まで行こか?」

「勝手に行け!見てみィ、誰にも会わんし、誰も登ってこんやろが、このクソ暑いのに歩いてるのは俺らだけやぞ!」

Dscn7122 丹生神社から丁石を数えながら坂本に下ります、

「何番まで有った?」

「22番位までは見てたけど、ブトを追うのが忙しくて見るの忘れた!」

耐暑訓練?の成果を発揮して、この夏合宿も頑張りましょう。

震えたぜ!渓流デビュー戦(逢山峡)

金曜日の夜は激しい雷雨だった、明け方近くまで雷鳴が轟き、トッチャンの話では窓から見える菊水山頂に何度も閃光が走っていたそうだ。

日曜日には天気も梅雨の中休みとなり回復した、今日は裏六甲逢山峡でのMッチ君渓流デビュー戦なんです、谷は増水で激流と化している事が期待?された。

「きっと今日は手強いぞ!タップリと水に浸かってもらいましょうか!」

101_1026 新品の上下ウェアー、シューズ、ザックまで渓流グッズを一式揃えて気合いの入ったMッチ君です、師匠の装備をチェックしております。

1_r001 「贅沢やのう、生徒1人に講師が3人も付いて」

スタートする頃、日差しは無くなり木陰では冷んやりと感じる。

「今日は泳ぐと寒いかもね知れんぞ」

101_1028 軽快な足取りでスタートしたコッチャンですが、この後、流れに足をすくわれ転倒です。

12_r  「Kちゃん位のヘビー級体重がないと流れに負けるわ!」

やて、

101_1035 予想した通り水量は多く、普段の穏やかな逢山峡とは違った厳しい一面を見せています。

6月中旬に来た時の水量は→今年の沢遊びは逢山峡からスタート(渓流シューズのフェルトを張替える) ← クリック

101_1032 「水流に負けて流されてるぞ! しっかり泳げ!」

ザックが浮いてヘルを押し上げ、視界を奪うので苦労しております。

13_r 堰堤の突破はと?

「何じゃ、この水は!凄いなァ 取り付けるんやろか?」

101_1038 ヘツって取り付きましたが激流に弾き飛ばされます。

「駄目です、無理です、突破出来ません!ブッ飛ばされますわーっ!」

「そらそうや、これ見ただけで行く気にならんわ!」

101_1039 鍋谷ノ滝に向かいます、この滝も嬉しくなるような水量で流れ落ちております。

101_1042 ダイナミックな鍋谷ノ滝にテンションアゲアゲのMッチ君でした。

101_1045_3 流れの強いゴルジュは空身で泳ぐように言ったのですが、フル装備で飛び込んで行きました。

101_1046 「アッ、沈んだ!」

必死に流れと闘っております、何度も水を飲み、それでも諦めず凹角取付き点に向かっていくMッチ君です。

「ナイスファイトやけど、無駄な抵抗やね、これでは岩に取り付いても登る体力は残量ゼロじゃ」

後続のパーティーは空身で挑んだが、結果は敗退でした。

P7080019 「早よ上がれ!気合い入れ過ぎやぞ!」

寒さで胴震いしてます。

「今日は谷が短くて短時間の遡行やからエエけれど、ロングルートやったら体力が持たんぞ!」

101_1048 最後に猪鼻ノ滝を登ります、簡単な滝もこの水量だと面白いクライミングになりますね。

101_1051 毎度の事ながら登攀終了後は、この橋の上が物干し場となります。

「Mッチ君、震えてるぞ、早いこと着替えんと!」

暖かいコーヒー、紅茶を飲んで一心地付いた。

「どうやった? 今日の渓流デビューの感想は?」

「ホンマに最高ですわ!楽しいです、でも寒かったァー!」

こうして遊びのフィールドが、また、また、広がったMッチ君でした。

「ワイルドで、震えたぜぇ!」

風になった中村君

Caonrto7長年の友人であった中村君が逝った、所属山岳会は違えど妙に気が合い、幾度も山行を共にしたし、良き飲み仲間でもあった。

山や自然を愛し、風を友とした中村君、ヨットを操り、パラグライダーで空を舞い、カヌーで川を下る。

「Kちゃん、一緒に楽しもうや!」

と、君が主宰したアウトドアクラブにも入会させてくれたよね。 024 ヨットに乗りスピンを操作する中村君。

018 君は愛妻家を絵に画いたような奴やったなァ、いつも傍らでは、若くて可愛い奥さんが微笑んで君を見てた。

「愛妻家? これだけは、どうしても真似する事が出来んかったわ」

Scan 厳冬の山でも酒だけはよく飲んだよなァ、俺が雪山で生意気な若造を相手に大暴れした時は雪爺と二人で必死に押さえてくれたよね、止めてくれんかったら今時分は塀の中で暮らしてたかもね。

P8140009 君と最後の山行は四国の床鍋谷遡行でしたね。

「俺の横を滑り落ちて、チムニーに上手いこと挟まって止まったなァ」

036 滑床渓谷では猿に襲われ無茶苦茶にテントを荒らされた、あれも今となっては楽しい思い出やね。

101 「オーイ、いつまで遊んでるんや! 日が暮れるぞ!」

俺が呼ぶまで川遊びしてたなァ、

P8140068 可愛い奥さんや、こんな仲間を残して、君一人で風に乗って飛んで行ったんやね、今も信じられへん、自他ともに認める美食家で料理の腕前は玄人はだし、君が作る料理は抜群やった、それが楽しみで付いて行ったもんよ。

「越前甲で作ってくれたミゾレ鍋は忘れへんぞ!」

「中村君よ、俺達も遅かれ早かれ、そっちへ行くから待っててや、三途の川はヨットで渡ったんか?カヌーかな?一層のことパラで飛んだか!」

友よ、安らかに眠れ、そして心よりお礼を言います。

「本当に、長い間、付き合ってくれて有難う、感謝してます」

エエッ!俺も行くの?(沖縄出張 其の2)

沖縄での仕事も無事に完了した、そこで気になっていた場所に行く事にしました。

昭和20年6月23日は、悲惨を極めた沖縄戦が事実上の終結を迎えた日とされております。

Dscn7007001 沖縄県南部にある沖縄平和祈念公園です、終戦ッ子の私は一日本人として、6月この地に立ち、慰霊の日には間に合いませんでしたが、お参りしておこうと思ったのです。

摩文仁の丘に立つ 黎明の塔 です、この下にある洞窟が牛島満中将が自決した場所だ。

修学旅行の高校生達がワーワーキャーキャーと賑やかに登ってきます、説明を聞いても彼等にすれば理解出来ない古の話なんだろう。

「せめて慰霊碑前でのピースサインは止めてよね」

黎明とは自決した時刻が午前4時頃だったのと、これからの日本が黎明の時を迎えると云う意味合いがあるのです。

訪れたこの日、青々とした海と、白く波立つ珊瑚礁には夏の太陽が燦燦と降り注ぎ、見える全てがキラキラと輝いています、67年前、この地が一般県民を巻き込んで、一木一草も残さず焼き尽くし、地形が変わる程の激烈な戦闘が繰り広げられたとは思えない平和な風景の広がりがありました。

Dscn7006001 国立沖縄戦没者墓苑です、ここに沖縄戦で犠牲となられた方々の遺骨が納められているのです、同行したI君と手を合わせ頭を垂れました。

「今日の日本が有るのは皆さんのお陰です、本土防衛を叫ぶ幻影の捨石にされて、県民の4人に一人が亡くなったと聞きます、フラフラと迷走する我が国をどうかお守り下さい」

Dscn7004001 平和の礎(いしぶみ)です、沖縄戦で亡くなった日米軍兵士、一般市民の名前が礎に刻まれています。

豊見城で戦死した大田実中将が発した最後の電文は有名です。

「沖縄県民斯ク戦ヘリ、県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」

現在の沖縄県が置かれている現状を見て、この言葉をどう聞き、どう受け止めますか?

「すん・・・・・・・

沖縄での移動手段はレンタカーです、北部辺りを走っていて見かける「わ」ナンバーの多いこと!

一日中,島内を走り廻って¥4,500でした。(勿論、ガソリン代は別です)

Dscn7032001 「ご希望の美ら海水族館へご案内致しましょうか!」

奥さんに、ここだけは必ず見ていらっしゃい、と言われたそうです。

「Kさん、あの魚が美味そうやで!あれは刺身か鍋やね!」

「I君は魚を食い物としか見てないねぇ」

ちょっとマニアックな I君 は、

「綺麗な城郭より古びた城跡の石垣が好きやねん」

それではと、本部半島の今帰仁城(ナキジングスク)へ、

Dscn7043 私もこの今帰仁城へは40数年振りかな? 城址は整備されていて見違えるように綺麗になっていました。

Dscn7042 琉球の覇権を争った北山王の居城で13世紀頃の築城です、当時の沖縄は北山、中山、南山が争った「三山時代」、中山の尚一族が沖縄を統一し琉球王国が誕生したのです。

Dscn7039001 毎年1月頃にはこの寒緋桜が一斉に咲き、お花見で賑わいます。

Test2_016 これは数年前に行った勝連城址の石垣です。

沖縄の城址は世界遺産となっております、青い空、青い海を背景にして、I君の言う通り、石垣は実に美しいですよ。

Dscn7075 一応はここも行って来ました、こうなれば完全な観光旅行気分です、

「ガイドさん並みに案内出来るよ、任しとき!」

Dscn7013001 牧志公設市場にも案内しました、スパム缶、島唐辛子をお土産に買う I君 です。

「島唐辛子なんか、無茶苦茶に辛いやろが!」

沖縄そばを食って、続けてソーキそばを食うI君、それも島唐辛子をタップリと入れて、オリオンビール飲んで、

「平気やで!美味しいわ!」

「よう食うなァ・・・・ 肥えて帰る気やね」

こうして4日間に亘った沖縄出張は終わりました、背中のザックには家内へのお土産のオリオンビール缶が6本。

泡盛は三ノ宮の飲み屋に持ち込みでアッという間に空っぽになりました。

帰宅して体重計に乗ってガックリ、肥えて帰ったのは私の方でしたわ。

下降ルートが面白い!(比良中ノ谷左股αルンゼ)

Fちゃんと昨年中には登ろうとしていて、計画倒れになった場所、それは比良大谷川水系中ノ谷左股αルンゼです。

「梅雨の晴れ間を狙って一発勝負するか?」

声を掛けると、

Fちゃん、トッチャン、Mッチ君、欧州アルプスから帰ったばかりのザコッペまでもが参加です。

「今日は15時頃までは曇りで推移するから、それまでに片付けようや!」

出張疲れと寝不足やし、今日は扱かれそうです。

P6300005 6月29日深夜、山麓に到着したが進入ルートが確認出来ずウロウロする。

何とか適地を見つけ、テントと車で仮眠(2時間も眠れたかな?)

早朝04:30に起きた、と云うより一睡もしなかった?

αルンゼは昔々に登ったと云うFちゃん、アプローチ、下降ルートに関する記憶も今や薄れ、初見参と同じ地図を睨んでの前進となる。(駐車位置スタート05:27)

P6300006 大谷川左岸の作業道を辿り、橋を渡ると崖が崩壊して作業道は姿を消した、そのガレを乗り越え茂みに入る、小さなケルンがあり右手に踏み跡がある、それを辿ると壊れたようなハシゴ足場が現れた。

P6300007 やがて高さが50mはあろうかと思われるアーチ型堰堤の上に出た。

「ルーファイはバッチリやろが、俺には動物的方向感覚が有るねん、 おい、トッチャン、大きな欠伸してからに!」

「とにかく、俺は眠たいんじゃー!」

P6300009001_2 中ノ谷左股を右岸に渡ればそこがαルンゼ入り口です。

ルンゼ取り付きは木々に覆われており、注意しなければ見過してしまいます。

001_2 αルンゼ登攀には何の懸念もありません、標高差400mもこのメンバーですから簡単に終わってしまうでしょう、問題は下降ルートなんです、Fちゃんは天狗杉から大谷川へ落ちるガレ場があり、これを通れば短時間で下降出来るのだと提案した、それも良いけれど、全く未知のルンゼを下降するのはどうだろうか、ハーケンも数種類を用意したし、5名が連携して難場を段取り良くスピーディーに行動して、懸垂下降で突破する、また、安易に沢筋を下ると、どんな状況が現出するのかを体感してもらおう、これならMッチ君やザコッペにも良い練習になるだろう。

「Mッチ君、こんなのは場数を踏んで強うなるんやで、さァ行こか!」

Imgp3621_r これがαルンゼF1です、5m程の可愛い滝です。(06:17)

P6300012 トッチャン&Mッチ君で先行してもらいます。

滝はチョロチョロと流れる水で湿って滑ります、そう難しいクライミングではありませんがアンザイレンして慎重に登っております。

P63000174名が5.10のイグサムガイド、ザコッペはクライミングシューズです。

渓流シューズも持参しましたが履きませんでした、途中で私もクライミングシューズに履き替えましたが、グリップ力に大差無かったようです、5.10イグサムガイドでバッチリですよ。

P6300029 これも滝ですよ。

P6300024 小さくても面白い滝が次々に現れ、楽しませてくれる谷なんです。

P6300028_4 岩棚に咲いていた立浪草(タツナミソウ)です。

P6300034  チムニー滝(15m)を楽しむFちゃんです。(07:27)

「インサイドに入るとザックがつかえて苦しい体勢になるぞ!」

P6300040_2 アドバイス通りにアウトサイドに上体を捻り、良いバランスでチムニーを突破する。

誰かが言っていたらしい、

「Kさんはチムニーに挟まってチョックストーンになるわ」

とね。

P6300054 「ザコッペ!どうや?」

「この谷は無茶苦茶に楽しいですぅ~」

P6300049 最後の滝(20m)です、出口が少し微妙ですが、ボルトがガッチリと打ってあり安心して登れます。

「今日は貸切りやったなァ、ホンマに静かで良い谷や!」

Imgp3623_r αルンゼを上流部から眺めると、こんな様相の谷なのです。

岩質は硬い花崗岩で全体的に岩はシッカリとしておりました。

P6300055 登攀終了点です、快適なクライミングはこれにて終了だ。(09:30)

「えっ!もう終わりかいな? もっと登りたい!」

P6300058 ここまではアプローチです、今からが本番開始だ。

登攀終了点からガレを詰めてクロトのハゲ手前に出る、そして下降点を探し出す、ルートファインティングの練習です。

絶えず周りの状況を見ながら、ガレを抜けてクロトのハゲには迷わず到着。

そして登山道を少し木戸峠方向に進み、地形図を読み、下降ルンゼを探した。

それらしきルンゼはあるがガレとザレた急斜面で登山道からの下降は困難よりも危険と判断し、一旦はクロトのハゲまで戻った。

「クロトのハゲてか!この地名は気に入らん、一字違いで俺の頭やないか!」

P6300059_2 石仏の裏から少し下って水平移動し、そこからルンゼ上部をズルように下り始めた。(10:30)

P6300060 落石が頻発するのでザイルを伸ばしながらルートをチェック整備して下降する。

「どの岩も下手に触れん、すべて浮石や!無理してクライミングダウンしたら事故の元や!」

「ヤバイと思ったら躊躇せず懸垂下降するぞ」

P6300066 一瞬の油断も出来ない、いつ落石が飛んで来るか、絶えず周囲に目を配ります。

「この緊張感が堪りませんなァ、」

「Fちゃん、嬉しそうやんか?」

「そうや、こんなの大好き、クライマーの血が騒ぐねんわ!」

P6300067 先行した一人が進むルートを確認し、下降距離を見てシングルで足りるかダブルが必要かを見定めて指示する、後続がザイルをもって下降しセットする、最後尾は残ったザイルを回収する、このパターンを流れるように繰り返しています。

P6300068 「これで何回目の懸垂や?」

「数えてませ~ん、5回は超えました、この先を偵察してきますわ!」

結局は左股に下るまで7回の懸垂下降を行なった。

下降を始めてから一切の休憩はありません、安全圏に入ったと確認出来るまで緊張感を保っているんです。

P6300069_2 昼を回りましたが行動食も摂りません、ルンゼ下降にどれだけの時間を要するか読めませんでした、そのために早朝からの行動としたのです、おかげで時間的にも気分的にも余裕あり。

P6300072 足元は滑る、落石が飛ぶ、浮石だらけ、何が起こるか解からない状況下での懸垂下降です。

何も言わなくても全員がシッカリとバックアップを取っております。

「自分自身を守れん奴に仲間は守れん!」

頼もしい仲間達です。

P6300074この滝を下ったら中ノ谷左股でした。

「この滝の命名権をザコッペに与えるぞ! 」

「滑りまくったので、 ズルズルべッタン滝 とします!」

「では私はこのルンゼを βルンゼ と命名する!」

P6300078 小さな勝利感を味わう皆さんです、空を見上げれば黒い雲が流れ、どうやら雨は近い、そうノンビリともして居れない、下山を急ごう。(13:30)

大崩壊した中ノ谷左股のガレを縫うように下り、αルンゼ出合へ(14:05)

湖西道路に入った頃には雨がフロントガラスを叩き、山は雨雲に覆われた。(行動終了14:54)

αルンゼ、今度は冬季に登ってみましょうや。

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