バルトロ氷河の旅 (エピローグ)

イスラマバードに戻ってパキスタン アルパイン クラブへの下山報告、ヘリコプター使用予約前納金$6000の解約返金受け取り、また、K2 INTERNATIONAL社との残金精算等すべて完了した。 今回のバルトロ計画は日本の海外登山ツアー会社に全面依頼したものではなく、基本的には自ら計画立案、現地の会社と直接交渉し費用見積りを取り寄せ推し進めた、その分、出発までにはルート決定、日程、装備、パキスタン大使館へのビザ申請、格安航空券の購入、海外登山保険への特約加入等を我々自身の手で行なう事が多々あった、LIGHT EXPEDITIONとすれば当然の事である。 我々の求めに応じてくれたK2 INTERNATIONALは立ち上げたばかりの新しい会社である、代表者のMR,FIDAが新潟に滞在している関係で数回にわたりミーティングを行ない問題点はひとつひとつクリアしていった、また、彼と私とは世間は狭いと云うか不思議な縁で繋がりがあり、期せずしてK2 INTERNATHIONAL社の第一号客となったのです、結果的には費用は日本系ツアー会社で同じバルトロに行くよりは格段の低費用である(日本の旅行社ではとてもこの価格帯では対応出来ない) 装備、食事、オプショナル費用を含めサービス面でも満足のいくものであったし、ビジネスを越えた友情とも言える暖かいものを感じていたのです。

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002_2 001  MR.FIDAもMR.ISAも経験豊かなガイドであり、企業家でもある、今も彼らを信頼する登山家、トレッカーが各地に居るのです、日々の食事に気を配ってくれたスタッフにも改めて心よりのお礼を言いたい、本当に有難う お世話になりました。

005 そして苦楽をともにしたJOINT 9 GHONDOGORO 2007の皆さんへ、長旅お疲れ様でした、そしてメンバーに加えていただいた事、多くの思い出を残すことが出来ました事、お礼申し上げます、有難う御座いました。

085 岩塩は安価で良いお土産になります。

084 081 083 082 バルトロの思い出として氷河で拾い集めた峰々をイメージする石です。

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バルトロ氷河の旅 番外編(6)

帰国まで後3日となった、イスラマバードに戻らなければならない、ギルギットから空路を使えば一時間程であるが、いつ飛ぶのかまったく当てにならないインシアラーエアーラインだし? 我々は当初からの予定通りにカラコルムハイウェーをひた走り、途中ビシャームでの一泊を予定していた。

157  115 フンザを 離れての帰路で石を拾っている我が面々です、ガーネットの原石が崖の崩れた土砂の中にザクザクと?

120_2 122 往路では見ることが出来なかったナンガパルバット(8126m)が姿を見せた。

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ジャグロットを出てしばらくして、インダス河に沿った断崖の道がラキオト橋手前でなんと土砂崩れにより全面通行止となってしまった、復旧のメドはまったく立たない、さすがに人力では無理だ、重機が膨大な量の土砂を除去して行く(重機は通称カワサキと呼ばれていた。)すべては神の御心とドライバー達に動揺も無くゆうゆうとしている。半日以上も待ち続けたが復旧せずビシャームまで行けなくなってしまった、当然、崩壊現場を我々のバスは通過できない、徒歩で現場を乗り越える、その先には乗合ハイエースが待っていて客を集めている、雨が降れば通行止は日常茶飯事なんだろう、(外国人には足元をみて法外な運賃を要求するし、何ともしたたかな連中だ) 結局この日はチラスで泊まる事となった。

108_2 117 残したバスは明け方になり、なんとチラスに追いついて来た、ドライバー達が協力して徹夜で道を整地して強引に崩壊現場を突破したらしい、ドライバーを仮眠休養させなければならないしで出発はかなり遅れた、カラコルムハイウェーは、この先でも幾度かの足止めを食い、時間ばかりが過ぎていった、夜の食事も道端の簡易食堂でナンとチャイだけにして時間をかぜぎ、夜中にやっとの思いでイスラマバードに帰り着いた、ホントに疲れ果てました。

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バルトロ氷河の旅 番外編(5)

カリマバードからカラコルム ハイウェイを北上すればやがて中国との国境であるクンジェラブ峠(5000m)に達する、峠を越えればカシュガルだ、我々はパスーという村を訪れた、国境まであと120km、今日も天候には恵まれずカ-ルンホー山群の鋭い岩峰群も何も見えない。

155 天気が良ければなあ、こんな峰々を望む事が出来たのに残念、無念!

154 パスーは林檎、スモモ、杏がたわわに実る静かな村でした。ここで若いカップルの日本人バックパッカーに出会った、彼らはベトナムから陸路をたどりイランまで行くとの事、もう3ヶ月以上の旅を続けているらしい、アフガン通過は気をつけろや!と言うとニッコリ笑って旅立って行った。

012 村で出会った娘さん達です、全員14歳とのこと、なんと可愛い! 思わず頬がゆるみます。

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093_2 037_2  イスラムでも北部は戒律的にも異質なんだろうか?女性は顔も隠さず我々と話しもするし写真も快く撮らせてくれる、子供は木に登って熟したスモモを採ってくれる、有難う、とっても甘かったよ、パスー!いい村だった。

101_2 112  村はずれの峠から見えるパスー氷河です。

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バルトロ氷河の旅 番外編(4)

デオサイ高原から戻った我々はスカルドで一泊した後、カラコルムハイウェーを再び北上しフンザへと向かった。フンザとは地域総称であり正確にはフンザ地方のカリマバード村に行ったと言うべきか、天気は小雨が降り続いて、ラカポシ、ディラン、ウルタル等の峰々は皆目その姿を見せてくれませんでした。

109_2 110_2 不老長寿の村、桃源郷、フンザを形容する文言である、私には風の谷のナウシカの舞台になった谷?である、この景色を眺めアニメの場面を思い浮かべたら、なるほどなぁ、妙に感心する、スタジオ ジブリ、否、宮崎駿の世界だと、俺ってミーハーかな?オタクかな?

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097 094_2  フンザ王国の城砦(バルチット フォート)です、標高は2400mの高台にあり城壁からはフンザを一望する事が出来る。

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バルチット フォートの背後にはウルタル(7388m)が急角度でそそり立つ、初登頂を目指した長谷川恒男、星野清隆の両氏は無念にも雪崩により亡くなった、二人は谷の奥、BC跡の墓に眠っている、初登頂を果たした山崎章人氏もまたその命を落とした、ウルタルは日本を代表するトップクライマーの生命を飲み込んでいる。(村には長谷川恒男氏を記念したハセガワ記念学校が在る)

Photo_6     フンザに行けば酒が飲めるぞ! 最大の目的はここにあったと言っても過言ではない、1ヶ月に亘る禁酒だっただけに中国製の聞いた事も見た事もない銘柄の賞味期限も怪しいビール(アルコール度数11度)であったが一気に呑み干した。(おかしい?酔わないなぁ)値段にもビックリする500mlで¥800ですよ!凄い高級ビールです、また、フンザウォーターと称する酒があった、外見はまったくのネッスルのミネラル水リッターボトルである、中身は古くなった日本酒の酸味が出たという感じ、とても飲める代物ではない、しかし、目が潰れるかも?と言いながらも飲み切った強者が居たぞ・・・・酒豪?アル中?恐るべし!

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バルトロ氷河の旅 番外編(3)

マチュルー村出身スタッフの見送りを受けてフーシェ谷を去る時がきた、ガイド見習いでキッチンボーイだったミラバースに私は言った「必ず、又、会おうな、その時には一人前になって俺達をガイドしてくれよ!」彼は微笑んで「インシ・アラー!」そして自分のリングをそっと抜き取った、思い出は今も私の指に輝いている。

086 我々の山は終わった、イスラマバードに戻るまでの残った数日をノーザンエリアを巡る旅に充てる事とし、デオサイ高原とフンザに向かう。

042 デオサイはインドとの国境にも近くて最近まで外国人の立ち入りを制限していたとも、アメリカがこの地をパキスタン政府より軍事目的で借りるべく工作したとも聞いた、複雑な国情にあっても、イサが言っていた「春は必ず来て、花は咲き鳥は啼く、その春を私たちは待っている」と、4000mを越える高地にあるデオサイ高原は広大な拡がりの中、高山植物の花々が咲き競っていた。この地が永遠に平和である事を祈るのみだ。

043 045  デオサイ高原でのジープサファリは悪路に慣れきってた我々にはまったく苦にはならない、高原はこの吊橋を渡り、何十キロも延々と続いている。

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071 072 美しい花々を見ても不勉強な私には名も知らず、まさに高嶺の花でした・・・・・・

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046 パキスタンにも野生のマーモットが居たぞ!(アラスカにしか生息していないと思ってた)車を巣の近くに止めて口笛で呼ぶと愛くるしいとぼけた顔をヒョッコリと出した。

059 021 嫌な雷雲?が出たなぁ・・・と、たちまちにして激しいヒョウとミゾレに襲われた、4000mでの天気の急変は夏姿の我々には辛い、ましてや車はオープンのジープときては、ひたすら震えながら逃げるのみ、岩小屋造りの茶店が遇った!ラッキーだ、雷雲をやり過ごすまでしばし避難する、この茶店の坊主は健気に親を助けてよく働く、チップ代わりに昼食にと我々が用意していたゆで卵を2個手渡すと嬉しそうに握り締めた、暖かいチャイで身も心もホカホカと寒さも吹き飛んでいた。

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バルトロ氷河の旅 番外編(2)

フーシェは緑あふれる美しい谷である、豊かな実りの谷である、村は麦の刈り入れと杏の収穫に忙しく、村人の表情も明るい、岩と氷の荒涼とした世界に居た我々には新鮮な感動があった。

062  フーシェ谷上流部

051 完熟した杏の実は種を割って油を絞る、果肉は天日で乾燥させ家畜の飼料となるらしい。

074 フーシェ村より麦畑を抜け上流部に向かう(4000mを越えているが高度順化が出来ているのか快調である)前方の右が本谷でK6、K7、ゴンドコロ・ラに続いている(我々はここに下山してくる計画であった)V字に切れ込んだ谷がマシャーブルム氷河だ。

035 フーシェ側から見るマシャーブルムはバルトロ側とは異なり孤高の優しい姿だ、主なルートはフーシェ側から開かれている。

065 030 026 027_2 029_2 060_3 名も知らぬ花が咲き名も知らぬ蝶が舞う、桃源郷とはこの様な場所を言うんだなぁー、草原に寝転び流れる雲を眺め妙に納得してしまう 、時が止まる。    

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バルトロ氷河の旅 番外編(1)

ゴンドコロを断念した我々は天気の崩れ出したコンコルディアを離れ氷雨かミゾレのショボ降る中,下山の途についた、K2をはじめバルトロの山々は濃い雲に覆われてその姿を再び現すことはなかった。

4泊5日をかけてアスコーレに戻り、頑張ってくれたポーター達ともお別れである、本当に気の良い連中であったが薬や衣料品や何かとよくねだられた。(俺はドラえもんの四次元ポケットは持って無いぞ!)003 シガール村、マチュルー村の気の良いポーター達です。(一種独特な体臭を思い出します)

015 016  ポーター達には隊長から感謝と慰労の意味を込めてボーナスを手渡した(金額は一人に500ルピーです、日本円で約1000円程度ですが彼らにすれば結構な金額です)臨時収入に全員大喜び。

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スカルドに戻った我々は休養もそこそこに次の予定地であるフーシェ谷にあるマチュルー村に向かった、ジープに揺られ、冠水した悪路を走りたどり着いた村、そこにはスペインが建設した登山学校がある(現在はゲストハウスとして使用) ゲストハウスではこのエリアで最強のハイポーター頭(シェルパ)で数々の頂に立ったムハマド イブラヒム氏が我々を歓迎してくれた、ゴンドコロに関しては非常に残念がって同情もしてくれ、必ず戻って来い、その時は俺も行くから一緒に楽しもうと言ってくれた。

019_2 ゲストハウスから後方にマチュルー峠(5100m)が見える、峠からの景観は素晴らしくてカラコルムの巨峰が・・・・大パノラマが広がる。(写真で見ただけだが凄いですわ)

O氏は密かにこの峠からのパラグライダーでの飛行を検討中らしいですぞ。(飛び過ぎると印パ国境やぞ、撃墜されるかもね)

078 056_2 久しぶりに帰宅したパパに末っ子は甘えて、MR.FIDAもエエお父ちゃんや!  何人のお子さんが居るのやら? 奥さんは2人までは確認済み!

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MR.FIDAにマチュルー村の自宅に招待され、バルチスタンの地方料理をご馳走になる(やぎ、鶏、バルチスタンブレッド、杏の種から絞ったオイルは独特の香りがあって料理に合う)

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バルトロ氷河の旅 NO.12

JULY 12 2007  ゴンドゴロ・ラに向かうか、否か、最終決定を下さなければいけない時が近づいている、ゴンドゴロ越えは今シーズンの通過が かなり難しいと思わざるを得ない情報ばかりだ、今日、ヴィーネ氷河からアリキャンプの手前まで状況を偵察に行く事とした、その結果にて今後の行動を決める、もうそれしか方法は無い、自らを納得させる口実を探しているようで気が重い。

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バルトロ氷河左岸のサイドモレーンを延々とトラバース、アッパーバルトロ氷河が眼前にその拡がりを見せている。

012 ヴィーネ氷河の合流点付近にあったテーブルロックに登っているガイドのイサミラバース 011_2 チョゴリザも近い。

016 K2に嫌な雲が!

017 ブロードピークにも!

018 ガッシャーブルムにも!天気まで悪化の兆し? 贅沢は言えません、ここまで好天に恵まれた方ですわ、急いでBCへ戻ろう、そしてミーティングです。

ゴンドゴロ・ラは断念する、これが結論でした。

ゴンドゴロを越えて来たフーシェの若い3人のポーターの話

(1)クレバスは大きく口を開き峠の全面を塞ぐ形になっている。

(2)今シーズンのレスキューはクレバスのルート復旧工作をまったく行なえていない、フィックスザイルもまったく無い、少人数でかつ軽装備でラッシュかければ可能だが我々は総勢50名を越える大人数であり、ポーターの氷雪技術と装備に加えザイル工作を行ないながらでは時間がかかり過ぎてアリキャンプを夜中に出発しても峠を越えて積雪が少なく氷も薄く陽が昇ると緩んで落石が頻発している危険地帯を安全圏まで通過させる事が困難であろう。

我々自身はこのルートに関しては技術的には何の心配もしていなっかたし楽勝で登るつもりであっただけにそのショックは大きかった、懸念していた高度順化も問題ないが総合的に判断して危険は回避するのが賢明であるとの結論に達した、一旦スカルドに戻り体制を立て直してフーシェ谷に入る事にした。

登れん事もあるわー!  それが登山じゃー! すべてはインシ・アラーか?

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バルトロ氷河の旅 NO.11

コンコルディアの2日目はゴドウィンオースチン氷河をブロードピークBCまで登ります。ブロードピークにはイタリア隊に続いてイラン隊がBCを設営中で我々のガイドのフィダ、イサの一族がハイポーター(シェルパ)として入山しています、我々は彼らに会ってゴンドゴロ・ラの情報を得たいとも考えていました。

038 ゴドウィンオースチン氷河の奥、K2はいつも我々の正面に聳え、かなり厳しいモレーンの迷路が続いている。

108 左に足を踏み外せば氷河湖に落ちてブクブクやし、右は微妙なバランスで積み重なったモレーンの壁で落ちれば岩雪崩が起きるし、イヤラシイ場所ですわ。(バルトロ氷河とG・オースチン氷河の合流点付近)

040 高度は4800Mあたりか、ブロードピーク(8051M)が頭上に迫る、見上げると首が痛くなる程の角度だ。

031 氷河湖に写った逆さK2です。(湖面に張った氷を石を投げて割り撮影)

  034_2 166_2 チョゴリザ(7664m)が美しい、 バルトロ交差点の奥、ミトロピーク(6025m)の左にヴィーネ氷河入口部が見える。

171 170  ブロードピークBC(5000M)付近でフーシェのハイポーターに会ってジュースやコーラをご馳走になる。 ゴンドゴロの情報も得たが状況は良くない、何か全身から力が抜けてしまいそうだ、でも、まだ諦めないぞ。

 

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バルトロ氷河の旅 NO.10

コンコルディア(4650M)に到着こそしたが、この段階に至ってもゴンドコロ・ラに関する詳しい情報が入らない、パキスタン アルパイン クラブから得ている情報が本当なら大きなクレバスの為、フーシェへのルートは確保されていない事になる、ガイドのイサ、フィダは他パーティーのガイドやフーシェのポーター達からも情報を集めている。

037 ゴンドゴロに備えてアイス トレーニングを始めた、手頃なセラックがゴロゴロしている。

159K2を背景に メステントでは今後の方針についてミーティングが行なわれた、日帰りでゴドウィーン・オースチィン氷河をつめてブロードピークBCまで行く事に決定する。(当初の予定ではK2BCまでテントを上げて高度順化するとしていたが、全員、快調だから必要無しだ。)

167 オープン レストランK2も陽が落ちると氷点下になり閉店だ、寒いーっ!!

004 ガッシャーブルムⅣが輝く。

005 バルトロカンリ(7300M)も輝く。

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バルトロ氷河の旅 NO.9

ゴレ2のキャンプを出てコンコルディアを目指す、今日もいい天気だ、どうやら好天域に入ってるらしい、バルトロ氷河の景観に見とれて幾度も足が止まる、素晴らしい!感動的ですわ。

007 ゴレ2の朝、ガッシャーブルムⅣ、ミトロ ピークが輝いている、コンコルディアはきっと凄い所だろうと期待は膨らむばかりだ。

002 ムスタグ タワー(7284M)だ、まさに怪峰と呼ばれるのが理解できる姿の山ですね、登攀意欲をかきたてる、私にとって悪女のような大好きな山だ。ロブサンの双耳峰もスッキリとしてるね。

064_6 065_9 最高のロケーションの中、セラック帯を気持ちよく登る、高度は4500M前後まで上がってます。

066_4 ガッシャーブルム山群が近くなった、コンコルディアは目前だ、頑張ろう。

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030 コンコルディアに着いたぞ!ポーター達が唄と拍手で到着を祝ってくれる、お互いの労をねぎらい実に感動的だった。

050 コンコルディアは想像をはるかに超えた素晴らしい場所だ、表現出来ない景観が360度広がって、ただ呆然と見とれる私がそこに居る。

 

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バルトロ氷河の旅 NO.8

アスコ-レを発って7日目を迎えた、我々が目指すゴンドコロ・ラを越えたフーシェバレーまでは険しく遠いルートが待っている、気をゆるめずに登って行く。幸いに4000Mの高度を過ぎても全員の調子は高度障害も出ず快調の様子だ、下痢(我々はパキ腹と言っていた)の洗礼は受けたが、水は煮沸するか次亜塩素を使用し、生野菜に注意していた。毎朝のパルスオキシメーターの計測でも血中酸素濃度は90%以上を示している。(高度障害の予防で持参したダイアモックスを服用したメンバーもいたがさすがに利尿剤だけあって頻尿状態で夜中に何度も起きるとボヤいてます。

382 ブロードピーク(8047M)が見えてきた。

386 心配していた渡渉も思ったよりも水量が少なくて飛び石伝いでOK !  良かった。

199 マッシャーブルム(7821M、別名 K1) 昔々、カシミール側から遠望した時に一番高く見えたのでK1としたのでしょう、その先にK2は低く見えたんでしょうね。 しかしバルトロ側からのルートはショッパイなぁ。

383 マッシャーブルムを背景にモレーン上のアップダウンを繰り返す、高度は4300Mあたり。

387 出たぁー!

389 今日のキャンプサイトは氷河上にあるゴレ2だ、陽が落ちると冷え込みが厳しい。

390 刻々と変化する峰々を睨み、絶好のシャッターチャンスを待つ、一瞬の勝負!忍の一字!

204 ガッシャーブルム山群に夕闇が迫る。

206 夕日を受けるマッシャーブルム

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バルトロ氷河の旅 NO.7

殺風景なコブルツェを出発した、今日の目的地はウルドゥカスです、美しい高山植物の咲くところだと聞いているので楽しみだ、アップダウンのきついモレーン上の迷路のようなトレースをひたすら辿る、高度もマップ上では4000Mあたりまで来ているようだ。

175 寺院群(カテドラル)が波打つ氷河の対岸にそびえている、見た感じでは壁は脆いかな?

371 ロブサン山群が近い、スケールを大きくしたヨーロッパアルプスの針峰群?

379 氷は硬くてツルツル、バランスを崩すとスッテーンと転んで滑り台です、アイゼン着けさせてー!

381 パキスタン軍の駐屯基地への物資輸送はラバやロバを使っている、その数の多いこと!当然ながら落し物?もして行くし、まさに馬糞街道となる、それがまた道標にも?視界の悪い時は落し物を辿れば目的地へ。

171 ウルドゥカスのキャンプサイトです、テント奥の岩が絶好の展望台、下方に軍隊の駐屯基地が見える。

168 軍?のソーラーパネルが設置してあった、ビデオカメラのバッテリーに少々パワーを頂戴した、内緒で!! ほんの少しですよ。

Photo 026 キノコを発見! まずガイドと老ポーターに聞く、何を?もちろん食えるかどうかを、やがてマッシュルームスープとなって我々の胃袋に収まったのである。

178 天空の花園

374_3 この花だけは知ってまーす。

078 075 077 076  とにかく高山植物ですわ。

 

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バルトロ氷河の旅 NO.6

パイユを出て2ピッチでやっとバルトロ氷河の舌端部に辿りついた、今日からいよいよ氷河上を進む事になる。

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モレーン上まで高差100M以上はあるだろうか。

343 高度は富士山を越えたかなあ、早く動くと息があがります。 ハアハア!

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グレート トランゴはいいですねえ、トランゴ タワーなど思わずルートを目で追ってました、悲しき習性やね。

364 パイユ、ウリビアフォーには新雪が輝いている。

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356 ロブサンの針峰群354

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今日のキャンプサイトはコブルツェです。バルトロ氷河の左岸にある。

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バルトロ氷河の旅 NO.5

今日もビアフォー河に沿った道を黙々と歩く、高度も3300M程度をアップダウンして少しずつ上がっているようだ、暑さも慣れっこになったのか順応したのか、泥水をかぶり頭を冷やしながら今日の目的地であるバルトロ氷河末端近くのパイユ(パジュー)を目指す。

334_2 前方に針峰群とバルトロ氷河の末端部が見えてきた、手前に見える緑の森がパイユ。

336 氷片が流れていて水温は計ってみると3~4度くらい、粉末オレンジジュースを貴重な水に溶かして冷やす。冷やっこーい!旨ーい!

154 パイユのキャンプサイトです、針峰群が見えバルトロ氷河は近い。

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340可哀想と思うよりも我々の貴重な蛋白源やし、旨そうやなあ、これが現実です。ホンマにウマーイ!無駄なくきれいに平らげた、ヤギさん有難う、その分頑張るわ。

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361 ガイドやポーター達の宴は熱気を帯びてパイユの夜は熱く更けて・・・・・ 酒も飲まずにあんなに盛り上がる? 俺には理解出来んわ。

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バルトロ氷河の旅 NO.4

バルトロ街道の2日目は炎天下を長時間歩くことになった。ビアフォー河に沿ってアップダウンを繰り返しバルディマルのキャンプサイトまで暑さとの闘いが延々と続く。148 日陰を求めて休憩する、とにかく水分補給が一番! 半端じゃない暑さが体力を奪う。

329 炎熱の河原が続く、あまりの暑さに河の泥水をかぶる、冷たーい!頭は砂でザラザラになるが、そこまで考える余裕がない!強烈な紫外線が降り注ぐ

335 馬なのか騾馬か?倒れればこんな姿に、明日はわが身じゃ、キビシーのう。

326 ジョラの吊り橋をわたる、

328_2 ジョラから見えるボールダスの鋭峰とパキスタン軍関連の輸送ヘリだ、金さえ出せれば一般使用もOKです(我々は緊急時にと事前に$6000を供託して契約していたが、勿論のこと使用せず供託金は戻った)

330 今日の目的地のバルディマルがやっと見えてきた、さあ、頑張ろう!あそこまで行けば、美味しいチャイが待っているぞ。

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バルトロ氷河の旅 NO.3

バルトロ氷河を目指してアスコーレを出発した、第一日目はコラホンのキャンプサイトだ、足慣らしなのかガイドの気配りか、行程は短くて4時間半ほどで到着してしまった。

104 ブラルド河に沿って進むと左からビアフォー氷河が合流、上流がビアフォー河となりバルトロ氷河へと続いている。

133 ビアフォー氷河のモレーン丘です、この奥に進むとラトックやバインターブラックがありスノーレークの雪原やヒスパー峠を越えフンザへの長いルートとなる。

127 ビアフォー氷河丘から見えるコラホンのキャンプサイトです。

135_2 さあー 今夜も旨そうな鶏が食えそうですね、昔は家でよく鶏を絞めたものですが最近はしなくなりましたね。

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バルトロ氷河の旅 NO.2

平成19年6月27日14:00イスラマバードに到着とにかく暑い!! 

ここから登山口アスコーレ村まで4日間の悪路の旅が待っていた。025

350 落石が当たるどうかは確率の問題?

352 慣れとは恐ろしい、いつしか悪路もスリルとして楽しんでしまう?

351 親父さん、腰を傷めるなよ! あんたの腕に命が懸かってんるやぞ!

097名前は立派なカラコルムハイウェイ?落石と転落の恐怖に絶えずさらされる道、インシアラー 頑張れ!ぽんこつランクル、命は預けたぞ。

069 2400Mの高度にあるスカルドだー、風光明媚な避暑地?バルトロの登山基地的な街がある。

084 バルトロ街道の玄関口となるアスコーレのテントサイトです、これより奥には村落はありません、70名を越すポーターやスタッフとともにバルトロの旅が始まります。

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バルトロ氷河の旅 NO.1(プロローグ)

舞子の山屋、黒田です。

皆さまにはこの度のバルトロ山行ではいろいろとご支援、ご協力を賜りまして誠に有難う御座いました。6月27日から7月28日に亘る永い旅を無事に終え帰国することが出来ました、なんとお礼を申上げて良いのやら、感謝、感謝です。

目標としたゴンドコロ・ラは残念ながらクレバスの状態が今シーズン非常に悪くて突破できませんでした、悔しいです、再チャレンジ考えてます。

バルトロ氷河は天候に恵まれまして壮大な景観を堪能する事が出来ました、この点ではなんとも幸運であったと神に感謝です。

今山行報告をブログを通じて致したいと考えました、写真も含めて掲載してまいります、ご覧下さい。

256 バルトロ氷河の上流部です。左がチョゴリザです、右はミトロピークです、このピークを回り込んで行く予定でした(2峰間のヴィーネ氷河を登る)。

210_3 怪峰ムスタグタワーです、登りたくなりますでしょ?

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K2よ! ついに会えたなあ、長い道のりやったぞー!(日本を出てから14日目)

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